三陸書房ウェブサイト
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〔1〕2005. 6.18

6月18日は小社の創立記念日です。十年目に入ります。これを期に本ウェブサイトの各ページのデザインを更新しました(一部工事中)。昨年1月1日の開設以来のリニューアルです。今後も見やすく、わかりやすく、より魅力あるサイトづくりを心がけたく思います。どうぞよろしくお願いいたします。

社名について由来をたずねられることがよくあります。端的に申しますと、「三陸」は「世界」を指しています。詳しくは、本ウェブサイトの「小社について」の一項をご覧ください。

新刊『パウロ、神のライオン』は、中身(3冊セット、総頁1120)の割に、極めて安価だともっぱらです。また、読みだしたら止らず、一気に読んだという人が増えています。どうぞ大型書店かキリスト教書店で、現物を手にとってご覧になってみてください。

上記新刊についての詳しい内容説明に既刊目録を付したパンフレットを作成しました。小社初の出版案内です。お申し越しあり次第、送呈いたします。

小社代表の冨山房在社時の文「開高健先生を思う──『言葉の落葉』の頃」を、「私の愛読書」と同じく《オリーヴ》の番外に掲載します。‘また昔書いたものを引っ張り出してきて!’という声が脳裡の一方で撥ね返っていますが、本サイトに開高さんのことを刻印するのが本旨です。ご一読いただければ幸いです。



〔2〕2005. 7.4

新刊『パウロ、神のライオン』のきちんとした書評が、来月「キリスト新聞」と「カトリック新聞」に載る予定です。掲載日が確定しましたら、その日と書評者のお名前を本欄でお知らせします。少し先になりますが、10月には、キリスト教書書評専門誌「本のひろば」にも書評が載る予定です。

本ウェブサイトの各ページのデザイン更新はまだ完了していません。《オリーヴ》の‖ファイル‖が工事中です。お見苦しいことでしょうが、もうしばらく大目に見ていただきたくお願いいたします。

この Message Bottle、これで2回目ですが、ここにも‖ファイル‖を設け、それまでのお知らせを格納することとします。随時お目通しください。


〔3〕2005. 7.15

モノはあふれかえっています。そんなにはない良いモノを探し当てるのは容易ではありませんね。良いモノを良いと見抜く力が必要となります。その力を傾けて、これぞと選んだモノが確かに良いモノだったと認めることができたときのよろこび、ほこほことした感じは格別です。小社もモノのつくり手として出版物を、この眼力に堪えられるよう一点一点吟味を重ねて世の中に送り出しています。あなたにとって貴重な1冊の本をどうぞお選びください。

『パウロ、神のライオン』をお読みになった方から読後感をお寄せいただきました。新刊案内ページの「読者評」をご覧ください。

《万葉秀歌365》は全行程の半ばを過ぎました。歌人でも専門家でもない者の選ですので、欠陥もいろいろあることでしょう。不安を覚えつつアンソロジーづくりをおこなっています。このあたりで、ぜひともお導きを賜りたく存じます。あなたのご感想・ご意見をお寄せください。


〔4〕2005. 8. 2

『パウロ、神のライオン』の書評が、「カトリック新聞」8月7日号(3日出来)に載ります。書評者は、『信仰の美学』(春風社)という大著のあるサレジオ会の若き神父、阿部仲麻呂氏です。カトリック教会等でご覧になってください。カトリック新聞社の電話番号は03-5632-4432(代表)です。

ちいさな喜びと日々──父からの贈りもの』の「父」片岡敏郎氏が、コピーライターの殿堂入りをすることになりました。この殿堂とは、東京コピーライターズクラブ(TCC)が2003年に創設したTCCホール・オブ・フェイム(名誉殿堂Hall of Fame)で、今年度3回目の顕彰に片岡さんが一人選定され、10月21日に都内のホテルで表彰式がおこなわれるとのことです。これを機に、コピーライターとしても草分けといわれる片岡さんの仕事や人物がもっと知られるようになるとよいと思います。TCCの電話番号は03-5774-5400です。ちなみに、開高健さんがこの殿堂に入っています。

前回、《万葉秀歌365》についてご感想・ご意見をお寄せくださいと申しましたが、かなり多くの方に見られているような形跡がありながら、これまでこれに関するお便りを全くいただいておりません。出来はどうだろうかと不安な一方、暖簾に腕押しの感です。どうか、ハゲマシの、あるいはヒヤカシ・コキオロシの、リアクションの一言をお願いします。


〔5〕2005. 8. 9

『パウロ、神のライオン』の、阿部仲麻呂神父による書評(「カトリック新聞」8月7日号掲載)が読めます。同書案内ページの◆書評をご覧ください。
 なお、来月初旬には、作家の加賀乙彦氏による書評がキリスト新聞に載ります。掲載日が近くなりましたら、またお知らせします。

《万葉秀歌365》について、どうかリアクションの一言をお願いします。


〔6〕2005. 8. 31

『パウロ、神のライオン』の、作家、加賀乙彦氏の書評が、9月3日発売の「キリスト新聞」9月10日号に載ります。プロテスタントの教会やカトリック教会等でご覧になってください。キリスト新聞社の電話番号は03-3260-6445(代表)です。
 
《万葉秀歌365》について、リアクションの一言をお待ちしております。


〔7〕2005. 9. 9

本サイトのサーバーを替える必要が起き、移行段階で、6日、7日に、見られたり見られなかったりという事態が生じました。折角ご訪問くださいましたのに生憎お応えできずじまいのケースもあったことと思います。ご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。

『パウロ、神のライオン』の、作家、加賀乙彦氏による書評(「キリスト新聞」9月10日号掲載)が読めます。また、9月4日の「毎日新聞」の「今週の本棚」欄に山内昌之氏の書評が載りました。併せて、同書案内ページの◆書評をご覧ください。
 なお、シスター、渡辺和子氏によるこの本の書評が、10月中旬発売の、「本のひろば」11月号に載ります。その号の刊行日が近くなりましたら、またお知らせします。

《万葉秀歌365》の9月3日(土)、4日(日)の掲載歌(「あしひきの山鳥の尾の……」、「笹が葉のさやぐ霜夜に……」)は時期にふさわしいものではありませんでした。これらの歌は改めてそれぞれしかるべき時を探って再掲出しますが、3日、4日分の差替え歌は来月半ばの《ふばこ》収録の際に掲載することといたします。不手際をお詫びします。


〔8〕2005. 9. 16

やっと秋めいてきました。しかしまだまだ、また夏まっ盛りが戻ってくるかもしれない感じで、なかなかスッキリとした気分になれないですね。おかげで《万葉秀歌365》も天候にそぐわないときが続出してしまいました。このような時こそ、からだに変調が起りやすいでしょう。日々、身体各部の具合や動きはどうなっているか──頭の働き、これはどうしようもないところがありますが──、点検することにしましょう。

『パウロ、神のライオン』の発行日は5月17日でしたが、ここへ来て、きちんと評価してくださる書評が相次いでいます。書評は、引きつづき、キリスト教関係だけでなく一般の紙誌においても、掲載される予定です。また、最近、読者から電話で、「買ってはみたものの、しばらくほうっておいたが、たまたま開いてすこし読んでみたら、止らず、一気に読めた、読んでよかった」という声をいただきましたが、実際にお読みになった方々はみな、異口同音に「読みだしたら一気に読めた」とおっしゃいます。この本は内容についても造本についても好評です。ぜひ、一度手にとって、開いてみてください。

小社の本づくりは、要領第一からはどうも程遠いようで、根幹部はもちろん細部にもこだわることが多く、好んでそうしているわけではないのですが、原稿から本にするに至るまでの時間が相当かかります。したがって、この後も年間出版点数は3点がせいぜいといったところです。出版社としての存在自体を忘れ去られかねない活動点数で、さすがにさびしい気もしますが、わたしどもの主たる願望は、続けられるかぎり、残すに値するしっかりとした本を丁寧につくることです。特段のご支援を賜りたく。


〔9〕2005. 10. 1

爽やかな季節になりましたね。暑くもなく寒くもなく、長く続いてほしいものです。

シスターで、ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子氏による『パウロ、神のライオン』の書評が、「本のひろば」11月号に載ります。14、15日あたり以降に、大型書店やキリスト教書店などで無料で入手することができます。阿部仲麻呂氏、加賀乙彦氏のものに続く、またまた熱のこもった書評です。なお、「本のひろば」発行元のキリスト教文書センターの電話番号は03-3260-6520です。

今月の《万葉秀歌365》は、文武両道の偉丈夫と謳われ、信望の厚かった大津皇子──父の天武帝の崩御直後一月も経たぬ朱鳥元(686)年10月、皇太子草壁皇子(日並皇子)に対する謀叛のかどで捕えられ、翌日刑死。享年二十四──の臨死の歌と併せて、その同母姉で伊勢斎宮の大伯皇女の歌3首を特例として収めます。万葉集に入っている大伯皇女の歌全6首は、すべて弟大津皇子を詠んだもの、本欄4月18日の歌もそのひとつです。どうぞ《万葉秀歌365ふばこ》でご再読を。


〔10〕2005. 10. 2

嬉しいお便りがありました! カトリック新聞の阿部仲麻呂氏書評を目にされて『パウロ、神のライオン』をご購入、お読みになった91歳の女性、阿部れいさんが、読後感を本に挿しこみの葉書で小社にお伝えくださったのです。お歳にはとても見えない、爽やかなペン字で、一字一字丁寧に書きつづっていられます。わたしどもには力づよい支えと、感激しております。文面は同書案内ページの「◆読者評」に掲げさせていただきました。ご覧になってください。


〔11〕2005. 10. 15

『パウロ、神のライオン』の、シスター渡辺和子氏による書評(「本のひろば」11月号掲載)が読めます。同書案内ページの◆書評をご覧ください。

オリーヴ11月号は、運営上の都合により、今回、10月末日でなく11月2日にアップさせていただきます。二日お待たせすることになってまことに恐縮ですが、どうかご容赦ください。

つい最近、歴史人口学による万葉の時代の推計人口を知りました。鬼頭宏氏の著作『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫)で知りえたのですが、奈良時代、8世紀前半(計算上725年)の「良民」とその他を合せた、北海道と沖縄を除く全国の人口は、451万2200人というもの。各地域では、たとえば「畿内」の人口は45万(千単位以下略)、「畿内周辺」は50万、「北関東」は35万、「南関東」は42万、「北九州」は34万という数字が挙げられています。平城京の人口については7万4000人(教科書等では「10万人」とありますが、これでは多過ぎるのではないかという説あり)と推定とのことです。
 725年という年は天平元年から4年前の神亀2年、すでに聖武天皇の世、万葉集最大の歌人柿本人麻呂が710年の平城京遷都以前に歿した(とされる)後の、山部赤人、大伴旅人、山上憶良、大伴坂上郎女、笠金村らの時代です。これら万葉歌人の同時代人が上記の数ほど存在したというわけです。
 《万葉秀歌365》を、時代背景などいろいろと想像もめぐらして、お楽しみください。

あわや事故!というところを目撃しました。幹線道路から一本入った事務所近くの裏街に、道幅は広からず狭からず、信号機なしの、一方通行の通りが交叉する四つ角があります。そこはクルマの通行量多く、横断歩道に立っても、運転する側からは正面に見える少し先の大通りに出る信号まで一目散にか、道を渡ろうとしているこちらのために一時停止してくれるクルマなぞこれまで一度も見たことがありません。現に、近所の人で事故のあおりをくった人がいて、その話を聞いたこともあるアブナイ所なのです。この横断歩道に、通勤時間帯でしたが、二十代前半とおぼしい若い女性が、障害物は何もない原っぱを気ままに歩むかのように脇を見やることも止ることもなく向きを変え、足を踏み入れました。アッ! 口をついて出たか、頭の中で響いただけなのか、定かではありませんが、乗用車の鼻面がすぐそこに見えます。幸いにも、徐行していたのでしょう、そのクルマは寸前で停りました。女性は何も気づかなかったようです。自分の身がすんでのところで、とはつゆ知らぬふうに歩み去ります。その人の意識のなかでは、何事もついに起らなかったかのようでした。


〔12〕2005. 11. 7

小社5月刊行の『パウロ、神のライオン』は8月、9月、10月と素晴らしい書評が相次ぎました。そこへこの11月、また力こもる書評が加わりました。「図書新聞」11月12日号に載る、作家、木崎さと子氏によるものです。大型書店等で容易に見ることができます。ご覧になってみてください。

ほんの短い間のことでしたが、青森・函館に旅する機会を持ちました。帰って来て、東京には川が少ない、無いも同然だと改めて痛感しました。かつて江戸は水の都でした。そこまで遡らずともちょっと子どもの時を思い起せば、念頭に浮んでくる情景のなかに、何らかのかたちで川があり、川の流れを眺めるひとときを持つことでしばし落着きを取り戻した経験があることに気づきます。この記憶は、多くの人が共有しているのではないかと思います。都区内の、埋立てや暗渠化をまぬかれてかろうじて残る高速道路下などにおとしめられた川、せめて、あの臭気よどむ情ない状態の川を、何とか澄んだ流れの川と言えるものにしようという行政担当者は出ないものでしょうか? それともこれは、百年河清を俟つにひとしい無理難題というものでしょうか?



〔13〕2005. 11. 14

木崎さと子氏による、『パウロ、神のライオン』の書評(「図書新聞」11月12日号掲載)が読めます。同書案内ページの◆書評をご覧ください。



〔14〕2005. 11. 22

嬉しいことに、『パウロ、神のライオン』の書評がまたも出ました。声楽家の黒川京子氏による、「福音宣教」(オリエンス宗教研究所)11月号掲載のものです。同書案内ページの◆書評でお読みになれます。



〔15〕2005. 12. 10

本欄で先日(11. 7)、東京には川は無いも同然、高速道路下の情ない状態の川を澄んだ流れの川と言えるものにしようという行政担当者は出ないものか、と書きました。これを読んでくださった、《オリーヴ》の執筆者で都市計画コンサルタントの小島将志さんから、お電話をいただきました。小島さんによると、川の浄化は4、50年前から日本各地でいろいろとなされている、都区内でもそうで、代表的な例として、隅田川の一部への親水護岸の設置がある、水質浄化の効果が現れたものとして、港区の古川の、麻布十番あたりにボラの大群が遡上して大騒ぎになったこともある、日本の道路元標のある日本橋にかぶさる高速道路などは、耐用年数のこともあって、地下に移設する計画がある、いずれ実施される筈、とのこと。まことによろこばしい話です。

 「東京を最も象徴する川」といわれる日本橋川──神田川から、小石川橋より下流右岸にあるJR水道橋駅付近の三崎橋で分岐し、隅田川に永代橋より上流右岸の豊海(とよみ)橋で流れ込む全長約5kmの河川──、この川の大半に覆いかぶさる高速道路がなくなる! 改まった気持で日本橋川をネット検索しますと、「水面から見たまち」の「日本橋川編」
 (http://www2.kawanavi.net/minamo/nihonnbashigawa.html)
にある動画に行き当りました。高架下のこの川を流れ下りながら、水上から橋や周辺を撮影したものです。そのナレーションの最後にこうありました。「川の上を覆っていた高速道路は、この辺り〔茅場(かやば)橋を過ぎて湊(みなと)橋近く〕からなくなります。吹き抜けた空の下にある日本橋川には、400年の水辺の風が、今も薫るのです」。

 「高速道路下の情ない状態の川」と先日書きましたのは、実はこの日本橋川の一部、俎(まないた)橋から、宝田橋、雉子(きじ)橋、一ツ橋、錦橋、神田橋、鎌倉橋あたりにかけての鬱陶しい景観を、事務所近くの故にしょっちゅう目にせざるをえないところからのことでしたが、「吹き抜けた空の下にある日本橋川」は確かに心地よい感じのものでした。

 都市のあるべき姿を求めて、行政関係者以外に、「都市河川の課題」として「日本橋川の水質浄化が水辺の再生への重要な方策であると考え、鉄道トンネル内の湧水などを活用した水質改善や河川を活用したイベントなど、日本橋川の再生に向けた検討を行ってい」るという「日本橋学生工房」(http://n-kohboh.jp/) 他の取組みや活動もあるようです。計画が立消えにならずに実現に向い、高速道路が川の上から撤去され、水質も改善されて、一日も早く「水辺の風が薫る」ようになってほしいものです。その実現の暁には、ストレスによる心身のひずみが常態の都会人、都会に生活の基盤を置かざるをえない人々の顔の表情から、険しい線のひとつでも消えることがありうるのではないでしょうか。

この Message Bottleの‖ファイル‖を改称し、本日より‖MBアーカイヴズ‖とします。



〔15〕2005. 12. 29

《万葉秀歌365》の今月16〜31日掲出歌は、《万葉秀歌365ふばこ》へ31日午前10時に格納し、《ふばこ》の掲出は午前0時までといたします。  
 来年2006年は、今年に引きつづき、不備を改めるなどの改訂を施して《新版 万葉秀歌365》をお送りいたします。お楽しみください。





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