三陸書房
今月号リレー・エッセイ2
 
(7) 内包と外延  その24

ゲノム編集食品をめぐる新たな展開
佐川 峻 
これまでにこのオリーヴで遺伝子組換え食品についていくつかの話題を載せましたが、今回はゲノム編集食品という新たな課題です。厚生労働省ではゲノム編集応用食品と呼んでいます。
ゲノム編集技術は遺伝子組換え技術の最も進んだ先端技術です。この最新技術を用いた作物や動物が近い将来、日本の食卓にのぼるだろうというホットな話題です。
ゲノム編集技術の詳細は省きますが、従来の遺伝子組換え技術と違うのは、ゲノムすなわちDNAの狙った場所に正確にどのような遺伝子でも組み込めるというところです。
生物の遺伝情報はDNAという塩基で構成されている2重らせん状のひもに込められていると前回説明しました。DNAというひもを塩基という単語で書かれた長い文章とすると、その文章の編集が自由にできる精密な技術が完成したのです。
遺伝子を単語でたとえてみると、従来の遺伝子組換え技術では、「私は大阪と京都に行きました」という文章に東京を加えるとすると、それは「私は大阪と京都に行きまし東京た」などの文章にしか作れませんでした。東京という単語の位置が変ですがそれでもなんとか意味は通じます。これが従来の遺伝子組換え技術でした。
それがゲノム編集技術を用いると、東京という遺伝子を狙った位置に正確に挿入して、「私は大阪と京都と東京に行きました」という、立派な意図どおりの文章が作れるのです。本当の意味での遺伝子組換え技術が出現、完成したのです。まさにゲノムの編集です。
ではこのような精密なゲノム編集が可能になると、遺伝子組換え食品、もしくはそれをめぐる規制や企業に何か特別なことが起こるのか、というのが第二の問題になります。実は特別な問題が生じるのです。
ゲノム編集と従来の遺伝子組換えが違うことの一つは、ゲノム編集では、ある特定の遺伝子を取り除ける、もしくは機能を停止できるということです。ある狙った遺伝子を切り取ることができるのが、ゲノム編集ならではの芸当なのです。
これまでは、遺伝子組換え食品とは、ある生物に特別な遺伝子が入れられて、その遺伝子が生み出す新たなたんぱく質のおかげで、その生物が望ましいある形質を発現するというものでした。その新たな遺伝子とそれが生むたんぱく質が人間に有害か、新たな形質が環境に悪い影響を及ぼすかということが問題になったのでした。
ところが、ゲノム編集を用いて遺伝子を取り除く、もしくはその働きを止めるということには、新たな遺伝子やたんぱく質が生じるという問題はないのですから、遺伝子組換え食品の従来の規制や検査はいらない、というのが新たな問題点として出現したのです。
ゲノム編集技術のこのような利用は、法律上、遺伝子が残存しない、新たなたんぱく質は生じない等の理由により、食品衛生法上の「組換えDNA技術」に該当しないという主張が可能になったのでした。
比喩的に言うと、「私は大阪と京都に行きました」という文章に問題がないのであれば、「大阪」を外した「私は京都に行きました」という文章が問題になるはずはないという主張です。
この他にも微妙な点が残ります。ある遺伝子を除く、もしくは機能を停止させることは、その遺伝子が作るたんぱく質が生じないということではありますが、そのことが別の遺伝子に影響して新たなたんぱく質を作ることにつながるかもしれません。
これを「オフターゲット」といいます。狙った性質以外の性質が影響を受けることです。
DNAは配列にある遺伝子がただ一つの働きをしているというのではなく、お互いにDNAの下流、上流にある遺伝子と相互作用していることもあるので、このようなことが起こりえます。
また、ゲノム編集である遺伝子の働きがなくなりはしてもその結果、その生物が繁茂するとか、他の生物を駆逐するなど環境に悪い影響を与える可能性はあります。
前回で述べたように、日本では遺伝子組換え食品の環境への影響は「カルタヘナ法」により規制されているのですが、ある遺伝子の働きを停止したゲノム編集生物はこれから外してよいという理屈は、環境への影響がわからない時点ではストレートには出てきません。
日本政府の基本的な考え方は、つい最近の「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 新開発食品調査部会 報告書」の「ゲノム編集技術を利用して 得られた食品等の衛生上の取扱いについて 平成31年3月27日」で明らかになりました。
簡単に報告書の結論を述べると、「ゲノム編集応用食品に用いられている技術で生じた遺伝子の変化はオフターゲットを含め、自然に起こったものと区別が困難なので、従来の遺伝子組換え技術とは区別し、開発者の届け出でよい。」ということです。
要するに、遺伝子の欠失とか働きを失うということは自然にも起こることであり、区別できない従来の品種改良にも用いられたありふれたものであるので、特に配慮すること、心配はないということです。
自然に起こったものと区別が困難なので特別な考慮は必要ないというのは、当然なことのようですが、論理としては変です。
自然に起こることだから人がそれを促進しても良いというのであれば、極端な話、自然災害防止の意義は失われます。自然に起こることでも悪いことはなるべく防止するのは当たり前でしょう。自然に生じるのだからとしてことさら人がそれを行ってもよいのかとは別問題だと思うのですが。
区別できないというのも、「私はこうゲノム編集しました」という情報や届け出があれば実際に人工的な生物としてあるのですから見て見ぬふりをする必要はないでしょう。今の時代にゲノム編集を隠れて行う研究所や企業があるとも思えませんし、その必要もないでしょうから。
オフターゲットと同様に、ゲノム編集で生まれた生物が環境に与える影響は自然に生じる可能性があるにしても、程度問題はあるにせよ、あるに違いなく、無視してよいという論理は成り立ちません。
遅くなりましたが、遺伝子を欠損させるこのゲノム編集作物や動物としては、どのようなものが開発されているか簡単に述べます。
まず、イネ、コムギ、トウモロコシやダイズでは、ある酵素の機能をゲノム編集によって失わせ、栄養成分を変えたりします。また、これら作物へ感染する病原菌が利用するたんぱく質があるのですが、そのたんぱく質を作れなくすれば病原菌が感染しにくくなります。つまり、病気への耐性が増します(「ゲノム編集を問う」石井哲也著)。
ある生物の遺伝子が働かなくなることによって、かえってそのために人に都合よくなることも結構あるのです。
家畜ではウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどで一頭当たりの肉の収穫量を増加させるために、筋肉形成の抑制遺伝子を破壊するなどの例が目立ちます(同上)。太るのを防ぐ遺伝子を壊して、人工的に太らせるわけです。業界にとっては歓迎すべき改良でしょう。
日本の研究所や企業は盛んに研究していますので、近い将来、ゲノム編集食品は食卓に上ることになると思います。
アメリカやカナダなどの農業大国ではこのゲノム編集はごく当たり前のこととして導入していますから、輸入品としてどんどん入ってくることになる日本としても、手をこまねいてはいられないという気持ちはわかるのですが。



◇   ◆   ◇



今月はツバキとサザンカです。


飛鳥山公園のツバキ

写真A 飛鳥山公園のツバキ
(東京都北区飛鳥山公園:2019年3月7日)




落ちたツバキの花

写真B 落ちたツバキの花
(東京都北区飛鳥山公園:2019年3月7日)


写真AとBは北区にある飛鳥山公園裏道のツバキです(写真A,B)。
公園のJR王子駅側は写真A,Bのように飛鳥山公園の裏道です。「さくら新道」という名前がついています。
公園表側の本郷通り側は明治通りとの合流点でもあり、公園の正式な入り口もこの表側にあり、よく知られた「顔」ですが、このさくら新道側も捨てがたい趣があります。
さくら新道は、かつてはちょっとした飲み屋の小路でした。しかし、2012年の火事で長屋が焼けてしまい、今はひっそりとしています。
このさくら新道の公園側の崖には写真Aのようにツバキがあります。公園表側の入り口から入るのでは気がつきにくのですが、この道にはアジサイも多くあります。さくらに隠れてあまり知られていませんが、6月が楽しみです。
ツバキは豪華な花です。花の形をしたまま写真Bのように落下します。花びらでなく花のまま落ちるのが豪華で、華やかです。全くの偶然ですが、写真Aの赤い傘の女性とうまくマッチしています。
飛鳥山公園はかって渋沢栄一の旧邸宅があった場所です。渋沢栄一は明治に多くの近代的な企業を設立した日本における近代資本主義の開祖のような人物です。
写真Bには城の城壁のような石垣の一部が映っていますが、渋沢の邸宅はまさに城のようなものだったのでしょう。
現在の飛鳥山公園には渋沢栄一の旧邸宅の一部と資料館などがあります。


サザンカと落ちた花びら

写真C サザンカと落ちた花びら
(東京都杉並区井草3丁目:2019年3月25日)


写真Cはサザンカです。山茶花とも書きます。
サザンカの花自体ははツバキとほとんど区別がつきません。サザンカはツバキとほとんど同じ植物ですが、花が落ちると分かります。写真Cのように花びらで落ちます。花そのものがぼたっと落ちるツバキと違うところです。
サザンカはツバキよりも少し早く咲くので、寒い冬にも目を楽しませてくれます。





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