三陸書房
今月号リレー・エッセイ2
靴下づくりの夢
杉本 亜治
靴下! 人は誰でも「靴下」という言葉を耳にして、足にはく物、という認識しか持たないでしょう。いつ頃できた、とか、いつ外国から入って来たということは私も知りません。私が子供の頃、小学校入学早々の頃はまだタビをはいていた記憶があります。それがいつの頃からかタビが靴下に変わりました。正月や卒業式、遠足とか何かの節目にしか新しい靴下をはかせてもらえなかったものですが、今では、いつでも新品をはくことができます。
私は昭和19年生れなので、今年で満60歳になります。福井県の山村で生れ育ち、高校を卒業と同時に上京し、日本橋にある靴下卸問屋に就職して以来、ちょうど今までの人生の七割を靴下とともに歩んできました。
物があれば、物をつくれば、売れた時代、天然繊維から合成繊維へ転換する高度成長期、IVY(アイビー)ファッション、ピーコック革命、物をつくる側が流行を生み出し、消費者をリードしてきた時代、そしてブランド商品の出現、バブルの崩壊、最近のデフレスパイラル現象、日本の経済はものすごいスピードで変動してきました。
そんななかでのアイビーからピーコック革命への時期、私の靴下人生のなかで一番影響を受けた人との出会いがありました。私が二番目に勤めた靴下の製造卸問屋、(株)モンドの創業社長の青木彰司氏です。その後の私の靴下に対する信念の基となることを指導してくださった人です。
良い靴下とは、機能性(足にぴったりフィットするなど)、ファッション性(その時代の流行に合った、カラー、柄など)、経済性(適正マージンの上に立った適正価格、また、同じ商品が他社より安い)の三要素を兼ね備えた靴下である。しかし一つの要素だけでも売れる靴下はある、機能性だけでもファッション性だけでも売れる靴下もある、だけど我々には三要素を全部兼ね備えた良い靴下をつくって消費者に提供する使命がある、と事あるごとに私に教えてくれました。
以来私は、三要素を全部兼ね備えた靴下を追求し、三要素にこだわった靴下づくりに努めてきました。ところが十年ほど前、今度は衝撃の靴下との出会いがありました。
その靴下は偶然にも、あの青木彰司氏の弟で(株)モンドの三代目社長の青木幸雄氏の考案した実用新案特許の靴下でした。靴下のトップの部分に全くゴムが無くて締めつけず、ズリ落ちにくいという、それで困っている人たちにとっては画期的な靴下でした。この機能を持った靴下をあの三要素を兼ね備えて新たにつくり、自分自身が納得した形で消費者に提供してゆきたい、そんな思いが強くなって六年ほど前から私が企画・製造する靴下は、すべてこの機能を持った靴下になってしまいました。
有名なナショナルブランドの商品と一緒に並べて一流専門店で販売してもらいましたが、悲しいことになかなか売上げに結びつかない状態が何年か続きました。四年ほど前、この靴下が思うように売れないのは、靴下それ自体が駄目で売れないのか、それとも販売方法に問題があって売れないのか、自分で検証したくて、神田淡路町に「洋品・雑貨シリー」をオープンしました。商品が悪くて売れないのなら、自分には靴下を企画・製造する能力がないのだから思い切って廃業しよう、そんな決意でした。
しかし、私の靴下に対する信念、あるいはこだわりのこもった説明を聞いて、とりあえず一ぺんはいてみようと言われてお買い求めになったお客様、店のガラスウインドー越しに私の書いた靴下についての説明を読んで、「あのゴムの無い靴下をください。こんな靴下を探していたんだ」と言って買って行かれたお客様たちは、必ずと言ってよいほど一カ月以内にまた来店されます。そして、「あんたの言ったこと、本当だったよ。具合いいね!」とか、「ゴムの締めつけが無くて楽だ、はきやすい、本当にこんな靴下があるなんて知らなかった。今まである靴下は全部処分してこれからはすべてこの靴下にするよ。もっと宣伝すれば売れるのに」等々、数えきれないくらいの感謝と激励の言葉をいただきました。それは現在も引き続いております。
今まで自分を信じてやってきたことは間違っていなかったようです。これからも三大要素を常に念頭に置いて、より良質の素材を使い、はく人の気持、立場に立って常にその時代のファッションに合った、はいて良かった、また次もはきたい、そう思ってもらえるような、適正価格の、誰からも納得してはいていただける靴下を、信念を持って、こだわってつくり続けてゆきたいと思います。いろいろな人たちに支えられ、助けていただきながら、将来いつか、日本中の人に、いや世界中の人に、この機能を持った靴下をはいてもらいたい、そんな夢に向かって一歩一歩あゆんでまいりたく思います。 
(靴下企画・製造)



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