三陸書房
今月号リレー・エッセイ2

神保町、昔と今 (28)

明日の景観 6 新イタリア文化会館の赤い壁2
小島 将志
昨年(「オリーヴ」2005年11月号)、千鳥が淵近く千代田区九段南二丁目に建て替えられた新イタリア文化会館の赤い壁が、景観上の観点から、周辺住民の論議を引き起こし、色の変更が求められていることを記しましたが、この運動開始から1年余を経て、昨年10月末、灰色に塗り変える方向で決着がつきそう、との新聞記事がありました。現在、イタリア文化会館、イタリア人のオリジナルの設計者、関係者とのあいだで、調整が進められているとのことです。
九段南周辺の人々は、自動車販売会社の屋上看板の撤去、九段下の記念館の設計変更などの過去の実績が示すように、市街地景観について高い関心を持っています。今回は2700名の署名を集めて東京都に塗り直しの陳情書を提出したところ、都知事は「さすがにミスマッチだと思う。塗り変えるよう勧告したい」と語り、都はイタリア大使館に色の変更を申し入れていたそうです。この知事は、日本橋川上空の高速道路を地下に移設する動きに対し、記念碑としての「日本橋を他に移した方が安上がりだ」との主旨の失言をしたことがあります。文学に造詣が深くても、都市景観については影響力のある発言を慎んだ方がよいように思われます。
完成している新会館の“壁の赤”は千代田区との9回に及ぶ調整の末に決められたとのことなので、オリジナルの設計者としては赤系統以外の色に塗り変えることは忍びがたいことと思われます。しかし、この赤が許容され、これからこの周辺に青だの黄色だのの建物が続出すれば、美観地区に指定されているこの地区の景観は台無しになってしまう恐れがあります。実際ドイツの市街地の、建築家が関与したと見られる建築物のなかに、原色に近い赤、青、黄色の壁が出現している映像を見たことがあります。
この話題についてインターネットのブログではどう言われているか見てみると、「個性に乏しい日本の市街地建築に強いインパクトを与えている」などの肯定的な意見、また「灰色に塗り変えることは没個性の建築を新たに加えるだけだ」などの書き込みが見られます。オリジナルの設計者によるという、「この赤は日本の漆器の朱色に由来する」との説明に対しては、「この壁の赤は日本の朱色ではない」との指摘もありました。そういえば、この赤はイタリア国旗の緑、白、赤の赤に近い色のように見えます。
新会館の設計にはゼネコン大手のK社も携わっていますが、これは海外の建築家が日本で設計を行う場合、建築法規、建築部材の規格、図面表示、工事方法などに日本独自の建設業界の習慣があり、日本の会社と提携しないと実際の仕事を進めることが難しくなる事情によるものです(日本の建築家が海外で設計する時も多くの国で同様の状況になります)。今回の壁の色についての責任もしくは著作権は、当然、オリジナルの設計者であるイタリアの建築家にあると思われます。K社が灰色に変更する方向でイタリア側と折衝しているそうですが、これには少々疑問を感じます。
旧会館は太平洋戦争が勃発した1941年に建設されました。この年はまた日独伊三国軍事同盟締結の翌年で、開館当時、何かキナクサイ感じのイヴェントなどが催されたことがあったかもしれません。その後、壁は窓を除いて緑豊かな蔦で覆われ、遠目にも心が和むような親しみやすい雰囲気を持つ低層建築物でした。それが建設後60年余を経て、内堀通りに面する敷地に低層の建物では土地利用上もったいない、また構造上も古い耐震基準で建てられているから地震災害の危険性がある、ということで、建て替えられたものと思われます。新会館は規模が大きく、その結果、大きな赤い壁が出現することになってしまったようです。
そこで、以前にも書きましたが、旧会館同様、新会館の壁を蔦で覆うことを提案します。日本列島の中央部は四季を通じて気候温暖、夏季は高温多湿で植物の繁殖力は旺盛ゆえ、植物を建物に這わせれば、木や土で造られた古来の日本家屋の壁や屋根は傷みやすく、雨漏りや崩壊の恐れがあり、日本では家屋に植物を這わせることはあまりありませんでしたが、堅牢な素材が使えるようになってからは、甲子園野球場にも見られるように、壁を蔦で覆う巨大な建物が見られるようになりました。
新文化会館に蔦を這わせると建物が傷むというのであれば、壁から少し離して金網を張り、そこに蔦を絡ませればよく、敷地に建物の周囲に植栽できる余地があるという好条件もそなわっています。この提案が実現すれば、大きな赤い壁の多くの部分は、緑の葉で隠されて目立たなくなり、また蔦の緑と壁の白と赤でイタリア国旗を象徴する壁が出現し、日本とイタリアの赤い壁をめぐる文化的見解の相違を蔦の葉で柔らかく融和することができ、両国の一層の文化交流を進めることができると思うのですが、いかがでしょうか。



 新イタリア文化会館を蔦で覆ってみると(イメージ)  



(都市計画コンサルタント)




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