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《新版 万葉秀歌365》2月

2月1日(水) 茜さす日は照らせれどぬばたまの 夜渡る月の隠らく惜しも── 柿本人麻呂〔巻二・169〕
        あかねさす ひはてらせれど ぬばたまの よわたるつきの かくらくをしも  かきのもとのひとまろ

  2日(木) 静けくも岸には波は寄せけるか これの屋通し聞きつつをれば☆── 古歌集〔巻七・1237〕
        しづけくも きしにはなみは よせけるか これのやとほし ききつつをれば  こかしゅう

  3日(金) み吉野の山の嵐の寒けくに はたや今夜も我がひとり寝む☆── 文武天皇?〔巻一・74〕
        みよしのの やまのあらしの さむけくに はたやこよひも わがひとりねむ  もんむてんのう

  4日(土) ぬばたまの妹が黒髪今夜もか 吾がなき床に靡けて寝らむ── 作者未詳〔巻十一・2564〕
        ぬばたまの いもがくろかみ こよひもか わがなきとこに なびけてぬらむ  さくしゃみしょう

  5日() 下野安蘇の河原よ石踏まず 空ゆと来ぬよ汝が心告れ☆── 東歌〔巻十四・3425〕
        しもつけの あそのかはらよ いしふまず そらゆときぬよ ながこころのれ  あずまうた

  6日(月) 若の浦に潮満ち来れば潟を無み 葦辺をさして鶴鳴き渡る☆── 山部赤人〔巻六・919〕
        わかのうらに しほみちくれば かたをなみ あしへをさして たづなきわたる  やまべのあかひと

  7日(火) 降る雪はあはにな降りそ吉隠の 猪養の岡の塞なさまくに☆── 穂積皇子〔巻二・203〕
        ふるゆきは あはになふりそ よなばりの ゐかひのをかの せきなさまくに  ほづみのみこ

  8日(水) ぬばたまの夜さり来れば巻向の 川音高しも嵐かも疾き☆── 柿本人麻呂歌集〔巻七・1101〕
        ぬばたまの よるさりくれば まきむくの かはとたかしも あらしかもとき  かきのもとのひとまろのかしゅう

  9日(木) 吾妹子が植ゑし梅の樹見るごとに 心咽せつつ涙し流る── 大伴旅人〔巻三・453〕
        わぎもこが うゑしうめのき みるごとに こころむせつつ なみたしながる  おおとものたびと

 10日(金) 春日山おして照らせるこの月は 妹が庭にも清けかりけり── 作者未詳〔巻七・1074〕
        かすがやま おしててらせる このつきは いもがにはにも さやけかりけり  さくしゃみしょう

 11日() 妹らがり我が行く道の細竹すすき 我し通はば靡け細竹原☆── 作者未詳〔巻七・1121〕
        いもらがり わがゆくみちの しのすすき われしかよはば なびけしのはら  さくしゃみしょう

 12日() 汝が母に嘖られ吾は行く青雲の 出で来吾妹子相見て行かむ☆── 東歌〔巻十四・3519〕
        ながははに こられあはゆく あをくもの いでこわぎもこ あひみてゆかむ  あずまうた

 13日(月) 三輪山をしかも隠すか雲だにも 情あらなも隠さふべしや☆── 額田王〔巻一・18〕
        みわやまを しかもかくすか くもだにも こころあらなも かくさふべしや  ぬかたのおおきみ

 14日(火) 千万の軍なりとも言挙げせず 取りて来ぬべき男とそ念ふ── 高橋虫麻呂〔巻六・972〕
        ちよろづの いくさなりとも ことあげせず とりてきぬべき をのことそおもふ  たかはしのむしまろ

 15日(水) ますらをの現し心も吾はなし 夜昼といはず恋ひしわたれば── 柿本人麻呂歌集〔巻十一・2376〕
        ますらをの うつしごころも あれはなし よるひるといはず こひしわたれば  かきのもとのひとまろのかしゅう

 16日(木) あしひきの山路越えむとする君を 心に持ちて安けくもなし── 狭野茅上娘子〔巻十五・3723〕
        あしひきの やまぢこえむと するきみを こころにもちて やすけくもなし  さののちがみのおとめ

 17日(金) 験なきものを思はずは一坏の 濁れる酒を飲むべくあるらし☆── 大伴旅人〔巻三・338〕
        しるしなき ものをおもはずは ひとつきの にごれるさけを のむべくあるらし  おおとものたびと

 18日(土) 雪の色を奪ひて咲ける梅の花 今盛りなり見む人もがも☆── 作者未詳〔巻五・850〕
        ゆきのいろを うばひてさける うめのはな いまさかりなり みむひともがも  さくしゃみしょう

 19日() 吾が面の忘れむ時は国溢り 嶺に立つ雲を見つつ偲はせ☆── 東歌〔巻十四・3515〕
        あがおもの わすれむしだは くにはふり ねにたつくもを みつつしのはせ  あずまうた

 20日(月) 我が屋戸のいささ群竹吹く風の 音のかそけきこの夕かも☆── 大伴家持〔巻十九・4291〕
        わがやどの いささむらたけ ふくかぜの おとのかそけき このゆふへかも  おおとものやかもち

 21日(火) 道に逢ひて咲まししからに降る雪の 消なば消ぬがに恋ふとふ吾妹☆── 聖武天皇〔巻四・624〕
        みちにあひて ゑまししからに ふるゆきの けなばけぬがに こふとふわぎも  しょうむてんのう

 22日(水) 巻向の檜原もいまだ雲ゐねば 小松が末ゆ沫雪流る☆── 柿本人麻呂歌集〔巻十・2314〕
        まきむくの ひはらもいまだ くもゐねば こまつがうれゆ あわゆきながる  かきのもとのひとまろのかしゅう

 23日(木) 酒坏に梅の花浮け思ふどち 飲みての後は散りぬともよし☆── 大伴坂上郎女〔巻八・1656〕
        さかづきに うめのはなうけ おもふどち のみてののちは ちりぬともよし  さかのうえのいらつめ

 24日(金) しらぬひ筑紫の綿は身につけて 未だは著ねど暖けく見ゆ☆── 沙弥満誓〔巻三・336〕
        しらぬひ つくしのわたは みにつけて いまだはきねど あたたけくみゆ  さみまんぜい

 25日(土) 畏きや天の御門を懸けつれば 音のみし泣かゆ朝宵にして☆── 作者未詳〔巻二十・4480〕
        かしこきや あめのみかどを かけつれば ねのみしなかゆ あさよひにして  さくしゃみしょう

 26日() 筑波嶺に雪かも降らる否をかも 愛しき児ろが布乾さるかも☆── 東歌〔巻十四・3351〕
        つくはねに ゆきかもふらる いなをかも かなしきころが にのほさるかも  あずまうた

 27日(月) わが苑に梅の花散るひさかたの 天より雪の流れ来るかも☆── 大伴旅人〔巻五・822〕
        わがそのに うめのはなちる ひさかたの あめよりゆきの ながれくるかも  おおとものたびと

 28日(火) 世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば☆── 山上憶良〔巻五・893〕
        よのなかを うしとやさしと おもへども とびたちかねつ とりにしあらねば  やまのうえのおくら




〈今日の秀歌メモ〉

2月2日
「万葉集には、こんなにも沈静な、旅の心に徹した歌もあるのである。……まわりに全

く人なきがごとくに、静かに旅の宿りにあって、岸辺に打ち寄せるやわらかな波の音に
耳を傾け、素直に歌いあげている。武田祐吉は『萬葉集全注釈』に「天地間の静寂がし
みじみと味わわれる」とし、窪田空穂は『萬葉集評釈』に「歌材としては実に平凡極ま
る物であり、詠み方も素朴に自然に云つてあるだけで何の奇もないのであるが、この歌
は実に魅力を持つたものである」「時代を超え得る作である」と激賞している。……土
屋文明は『私注』に「不思議な程内面的な感じを歌つてゐる」と評しているが、これほ
どまでに一人の世界に徹した歌は少ない。非日常の場である旅の世界に浸りきって、こ
の作者は全く雑念と無縁の世界にいる」。
──加藤静雄氏の「鑑賞」(『万葉集事典』[稲岡耕二編、学燈社]所収)を一部引用。


2月3日
はたや──「【将や】連語(「や」は係助詞)疑問を表わす。もしかすると…か。ある

いは…か」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。


2月5日
空ゆと来ぬよ──「空を飛んで来たのですよ(宙を飛ぶ思いで夢中でやって来たのです。

だから……)。『と』は係助詞『ぞ』の訛り」(水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』
新増補改訂版[笠間書院])。


2月6日
無み──「(「み」は接尾語)ないので。ないために。[用例]〔本歌〕「わかの浦に

…潟を─(=餌ヲアサル干潟ガナイノデ)、葦辺を…」(『例解古語辞典第二版』三省
堂)。


2月7日
但馬皇女の薨去〔和銅元(708)年6月〕後、穂積皇子が、冬、雪の降るのを見て、は

るかに皇女の御墓のある方を望み、悲しみ、涙してつくった歌、と題詞にあり。
あはに──「副詞(サハニのサ行頭子音のないもの)たくさん。深く」(岩波古語辞

典)。
な…そ──「禁止の意をやさしく表わす。どうか…しないでおくれ」(岩波古語辞典)。
猪養の岡──但馬皇女の御墓があった地と考えられている。
塞なさまくに──「ふさいでしまうだろうから、の意」(『例解古語辞典第二版』三省

堂)。この第五句、万葉集の最も信頼されている本文、西本願寺本の原文は「塞為巻
尓」。「塞」を異本のひとつに拠って「寒」とし、さらに江戸時代の学者、橘守部(た
ちばなもりべ)の説によって「為」を「有」として、「寒からまくに」(また「寒くあ
らまくに」)とする読みが広くおこなわれている。「塞なさまくに」と読んで十分に歌
の体をなすと思われることと、ここに書写上の誤りが二重にあったとするのに疑問を覚
えることから、ここは斎藤茂吉の『萬葉秀歌』での読みに従った。
穂積皇子と、その長兄高市皇子(太政大臣)の妻妾のひとりだった但馬皇女とは、恋仲

であった。天武帝の異腹のきょうだいであるこの三人をめぐる恋愛事件は、持統帝の宮
廷でかなりの騒ぎを引き起した模様。但馬皇女の穂積皇子への思いがこめられた歌は、
作者存疑の歌を除き3首(すべて本アンソロジーに収録予定)あり、穂積皇子の側から
の歌はこの1首。穂積皇子は但馬皇女の死後、大伴坂上郎女を娶った。


2月8日
ぬばたまの──「夜」にかかる枕詞。
巻向──巻向川。
かはと──「かはおと」の約。島木赤彦、斎藤茂吉の読みによる。

伊藤博『萬葉集釈注(四)』〈集英社文庫〉によれば、
「  夜がやってくると、巻向の川音が高く響きわたる。山おろしの風が激しいのであ

ろうか。
の意。聴覚によって川の流れの激しさをとらえた歌。聴覚に訴える部分を第四句で『川

音高しも』と切り、その原因に対する推量を小きざみに『あらしかも疾き』と添えたと
ころが魅力。急ぐようなその結びは、嵐の鋭さに対応しているように感じられる。もと
より計算してのことではなかろうが、二音節『疾き』で押さえてそれが盤石の坐りを見
せている手腕には驚かざるを得ない。一〇八八の歌〔あしひきの山川の瀬の響るなへに
弓月が嶽に雲立ちわたる──1月25日にアップ〕とともに、人麻呂集歌中および『万葉
集』中の傑作の一つといえる」。


2月11日
妹──「結婚の相手としてきまった女。妻。妻問い婚の時代に、男が訪問して結婚する

ことを許した女を、その男が呼ぶ称」(岩波古語辞典)。
ら─「(接尾語)親愛の意を表わす」(新潮国語辞典)。
がり──「『行く』『通ふ』『遣る』など移動を示す動詞を伴」いながら、「(人を表

わす名詞・代名詞をうけて)…の所へ。…のもとへ」(岩波古語辞典)。


2月12日
嘖られ──叱責され。
吾は行く──私は帰って行く。
青雲の──枕詞。青雲のように出るの意で「出で来」にかかる。
女に逢いに行って、女の母に見つかり、すごすごと帰る男の歌。
  上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引

用。


2月13日
天智6(667)年3月の近江遷都の時、額田王が歌った長歌と反歌のうちの反歌。
しかも(然も)──「(連語)そのように、まあ。そんなにまでも」(岩波古語辞典)。
だにも──「(連語)…さえも。せめて…だけでも」(『例解古語辞典第二版』三省

堂)。
なも──「(終助詞ナムの古形。下略)動詞の未然形につき、他に誂えのぞむ意を表わ

す。…してほしい。…であってほしい」(岩波古語辞典)。ただし、第四句を「情あら
なむ」とする読みもある。
ふ──「上代語」で「主として四段動詞の未然形に付く」「四段活用型」の「助動詞」、

「動作・作用・状態が継続・反復する気持ちを表わすのに用いられる。…し続ける。く
り返し…する。いつも…する」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。

伊藤博『萬葉集釈注(一)』〈集英社文庫〉によれば、
「〔口語訳〕ああ、三輪の山、この山を何でそんなにも隠すのか。せめて雲だけでも思

いやりがあってほしい。隠したりしてよいものか」、
「三輪山は、三〜四世紀の崇神(すじん)王朝がその祭祀権を王権のしるしとして仰い

だ世にも秀麗な山で、大和の国霊(くにたま)の代表としてずっと尊崇されてきた。六
世紀、越前より継体王朝が興り、約三十年をけみして大和入りし、国の王者となった時、
新たに香具山が大和の国霊を代表する山として高く崇められるに至ったらしい。しかし、
それでも三輪山の持つ古い宗教性は消えることがなかった。先祖代々の地大和を去るに
あたって、うたうべき対象として三輪山(三輪の神)が取りあげられた所以はここにあ
ろう。三輪山に惜別の情を捧げることで三輪山の魂を鎮めることが、大和の総体に礼を
捧げることにつながった」。


2月14日
斎藤茂吉『萬葉秀歌』によれば、
「天平四〔732〕年八月、藤原宇合〔うまかい〕(不比等の子)が西海道〔九州と壱岐

・対馬〕節度使(兵馬の政を掌〔つかさど〕る)になつて赴任する時、高橋虫麿の詠ん
だものである。……一首の意は、縦〔たと〕ひ千万の軍勢なりとも、彼此〔かれこれ〕
と言葉に云はずに、前触などせずに、直ちに討取つて来る武将だとおもふ、君は、とい
ふので、威勢をつけて行を盛んにしたものである。……調べを強く緊めて、武将を送る
にふさはしい声調を出してゐる。彼此いつても、この萬葉調がもはや吾等には出来な
い」。
虫麻呂は「養老年間(717─723)の後半に、国守宇合の部下として『常陸国風土記』

の編纂にかかわった可能性があると考えられている(契沖『萬葉代匠記』)」(稲岡耕
二編『万葉集事典』学燈社)


2月15日
現し心──「正気で理性ある心」(岩波古語辞典)。


2月17日
「大宰帥(ださいのそち)大伴卿の酒を讃めし歌十三首」(題詞)の一。
験──「効果」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。
ずは──「(『ず』の強め)…せずに。…しないで」(同上)。
らし──「一般に根拠のある推量の助動詞だが、ここでは根拠を示さずに、断定を避け

る用法」(『全訳読解古語辞典』三省堂)。


2月18日
もがも──「助詞(終助詞モガに更にモを後で加えた語。平安時代にはモガナに転じ

る)…が欲しい」(岩波古語辞典)。


2月19日
水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)によれば(摘記引用)、
吾が面の忘れむ時は──私の顔が思い出せなくなった時は。「む」(推量の助動詞)は

現にそうでないことがらを仮定的に言ったもの。「シダ」は東国特有語。
国はふり──国から湧き上って。「はふり」は、挙る。翔ける。又あふれる。
偲はせ──なつかしくお思い下さい。「せ」は尊敬の助動詞「す」の命令形。


2月20日
屋戸──「住んでいる所。(庭も含めて)家」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。
いささ群竹──「(歌語)小さな竹やぶの意か」(同上)。


2月21日
[口語訳]
「『道でお逢いしてほほえまれたばっかりに、まるで降る雪の消えるように、今にも消

え入るばかりにお慕いしています』と、そう私に言ってくれるそなたよ」(伊藤博『萬
葉集釈注(二)』〈集英社文庫〉)。
なお、
からに──「原因・理由を表す助詞。軽い原因が思い結果をもたらす場合に用いられ

る」(新日本古典文学大系『萬葉集一』)。
降る雪の──「『消なば消ぬがに』の譬喩的枕詞」(同上)。
がに──「助詞。自動詞・完了の助動詞『ぬ』の終止形に続き、自然にそうなってしま

うほどにの意を示す」(同上)。
とふ──「と云〔言〕ふ」の約。


2月22日
原文に「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也」と注記(「左注」)のある歌で、人麻呂自身の

作と目されているもの。
檜原──「ヒノキの茂っている原。上代では初瀬・巻向・三輪が有名」(岩波古語辞

典)。
雲ゐねば──「雲がかからないのに」(新日本古典文学大系『萬葉集二』)。
小松が末ゆ──「小松の梢から」(同上)。
この歌について、伊藤博氏はこう言っている、
「荘重で雄勁、単純で清爽、人麻呂声調の極致を示しているといってよい。とくに、

『雲ゐねば』で一瞬呼吸し、以下『小松が末ゆ沫雪流る』と押し下した調べは、その妙
味、いうべからざるものがある。調子そのものが雪の流れに完全に融け合っている点が、
表現の神秘をすら感じさせる」(『萬葉集釈注五』〈集英社文庫〉)。


2月23日
思ふどち──「相思う人人。親しい者どうし。心の合った者どうし」(岩波古語辞典)。
大伴坂上郎女は、旅人の異母妹。家持(旅人の長子)には叔母で姑にあたる。


2月24日
しらぬひ(原文「白縫」)──「筑紫」にかかる枕詞。「『筑紫』はここでは九州の総

称」(新日本古典文学大系『萬葉集一』)。
綿──「真綿。…綿は九州の名産品だった」(同上)。
作者名の「沙弥」(シャミとも)は「一般に、出家して未だ正式の僧になっていない男

子」(『広辞苑』)。題詞注に、作者について「造筑紫観音寺別当、俗姓笠朝臣麻呂
也」とあり。沙弥満誓は、赴任先の大宰府で大伴旅人らと親交を結んでいる。
島木赤彦は、この歌について、「一首の意も調べもはなはだ安らかであって、綿と作者

の感じとがよく融和して生れ出たという感がする。一見平凡に見えるほど円満な相を具
したよい歌である」と言っている。


2月25日
畏きや──「慣用的に神や天皇を修飾する句」(新日本古典文学大系『萬葉集四』)。
天の御門──「直接には天皇の宮殿、その住まいによって婉曲に言うことで敬意表現と

なる」(同上)。
懸け──「ひたすら心を寄せる」(岩波古語辞典)。
音のみし泣かゆ──「(連語)ただもう泣けてならない」(『例解古語辞典第二版』三

省堂)。
朝宵にして──「朝も夜も」(新日本古典文学大系『萬葉集四』)。


2月26日
常陸(今の茨城県)の国の歌。
雪かも降らる──雪が降ったのだろうか。「降らる」は「降れ・る」の訛音形。下の

「乾さる」も同じ。e → a の転訛はイヘ→イハ(家)、トホケども→トホカども(遠
け)など例が多い。「か」は疑問、「も」は強意、いずれも係助詞。
否をかも──違うだろうかなあ。「を」は間投助詞。「か」は疑問、「も」は詠嘆、い

ずれも終助詞。「かも」を一語とみてもよい。
愛しき児ろ──いとしいあの子。「児ろ」は上代東国語。若い女性を親しんで呼ぶ。
布乾さるかも──(洗った)布を乾したのだろうかなあ。「にの」は「ぬの」の訛り。
 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。


2月27日
塚本邦雄撰『清唱千首』(冨山房百科文庫)に、この歌について
「天平二年正月十三日〔太陽暦二月八日〕に、当時六十五歳の旅人の家の宴に、主・客

が園の梅花に題して歌つたといふ名文の序あり。三十二首中主人のこの二句切れの凛然
たる一首が、あたりを払ふ美しさだ。以前にも以後にも類想は多いが調べが比類を絶す
る」
とあり。


2月28日
やさし──「《ヤセ(痩)と同根。(人人の見る目が気にかかって)身もやせ細る思い

がする意。転じて、遠慮がちに、つつましく気をつかう意。また、そうした細やかな気
づかいをするさまを、繊細だ、優美だ、殊勝だと感じて評価する意。類義語ハヅカシは、
相手にひきくらべて、自分が劣等感を持たされる意》身も細るようだ。肩身が狭い」
(岩波古語辞典)。




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