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《新版 万葉秀歌365》3月

3月1日(水) 石激る垂水の上の早蕨の 萌え出づる春になりにけるかも☆── 志貴皇子〔巻八・1418〕
        いはばしる たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも  しきのみこ

  2日(木) 沫雪かはだれに降ると見るまでに 流らへ散るは何の花そも☆── 駿河采女〔巻八・1420〕
        あわゆきか はだれにふると みるまでに ながらへちるは なにのはなそも  するがのうねめ

  3日(金) 一日こそ人も待ちよき長き日を かくのみ待たばありかつましじ☆── 仁徳天皇の妹〔巻四・484〕
        ひとひこそ ひともまちよき ながきけを かくのみまたば ありかつましじ  にんとくてんのうのいもうと

  4日(土) 川の瀬の石踏み渡りぬばたまの 黒馬の来る夜は常にあらぬかも☆── 作者未詳〔巻十三・3313〕
        かはのせの いしふみわたり ぬばたまの くろのくるよは つねにあらぬかも  さくしゃみしょう

  5日() 高麗錦紐解き放けて寝るが上に 何ど為ろとかもあやに愛しき☆── 東歌〔巻十四・3465〕
        こまにしき ひもときさけて ぬるがへに あどせろとかも あやにかなしき  あずまうた

  6日(月) 滝の上の三船の山にゐる雲の 常にあらむと我が思はなくに☆── 弓削皇子〔巻三・242〕
        たぎのうへの みふねのやまに ゐるくもの つねにあらむと わがもはなくに  ゆげのみこ

  7日(火) 浅茅原つばらつばらに物念へば 故りにし郷し念ほゆるかも☆── 大伴旅人〔巻三・333〕
        あさぢはら つばらつばらに ものもへば ふりにしさとし おもほゆるかも  おおとものたびと

  8日(水) 朝霧に霑れにし衣干さずして ひとりや君が山路越ゆらむ── 作者未詳〔巻九・1666〕
        あさぎりに ぬれにしころも ほさずして ひとりやきみが やまぢこゆらむ  さくしゃみしょう

  9日(木) 蒸し衾なごやが下に臥せれども 妹とし寝ねば肌し寒しも☆── 藤原麻呂〔巻四・524〕
        むしぶすま なごやがしたに ふせれども いもとしねねば はだしさむしも  ふじわらのまろ

 10日(金) あしひきの山谷越えて野づかさに 今は鳴くらむうぐひすの声☆── 山部赤人〔巻十七・3915〕
        あしひきの やまたにこえて のづかさに いまはなくらむ うぐひすのこゑ  やまべのあかひと

 11日() 海原の道遠みかも月読の 光少なき夜は更けにつつ☆── 作者未詳〔巻七・1075〕
        うなはらの みちとほみかも つくよみの ひかりすくなき よはふけにつつ  さくしゃみしょう

 12日() 難波津に装ひ装ひて今日の日や 出でて罷らむ見る母なしに☆── 防人 丸子多麻呂〔巻二十・4330〕
        なにはつに よそひよそひて けふのひや いでてまからむ みるははなしに  さきもり まろこのたまろ

 13日(月) 巨勢山のつらつら椿つらつらに 見つつ偲はな巨勢の春野を☆── 坂門人足〔巻一・54〕
        こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのはな こせのはるのを  さかとのひとたり

 14日(火) うらうらに照れる春日に雲雀あがり 心悲しもひとりし思へば☆── 大伴家持〔巻十九・4292〕
        うらうらに てれるはるひに ひばりあがり こころかなしも ひとりしおもへば  おおとものやかもち

 15日(水) 玉かぎる昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか☆── 柿本人麻呂歌集〔巻十一・2391〕
        たまかぎる きのふのゆふへ みしものを けふのあしたに こふべきものか  かきのもとのひとまろかしゅう

 16日(木) 月読の光に来ませあしひきの 山き隔りて遠からなくに☆── 湯原王〔巻四・670〕
        つくよみの ひかりにきませ あしひきの やまきへなりて とほからなくに  ゆはらのおおきみ

 17日(金) 鹿背の山木立を繁み朝さらず 来鳴き響もす鶯の声☆── 田辺福麻呂歌集〔巻六・1057〕
        かせのやま こだちをしげみ あささらず きなきとよもす うぐひすのこゑ  たなべのさきまろかしゅう

 18日(土) 君がため山田の沢にゑぐ採むと 雪消の水に裳の裾濡れぬ☆── 作者未詳〔巻十・1839〕
        きみがため やまだのさはに ゑぐつむと ゆきげのみづに ものすそぬれぬ  さくしゃみしょう

 19日() 烏とふ大をそ鳥のまさでにも 来まさぬ君を児ろ来とそ鳴く☆── 東歌〔巻十四・3521〕
        からすとふ おほをそどりの まさでにも きまさぬきみを ころくとそなく  あずまうた

 20日(月) 佐保川にさばしる千鳥夜更ちて 汝が声聞けば寝ねかてなくに☆── 作者未詳〔巻七・1124〕
        さほがはに さばしるちどり よくたちて ながこゑきけば いねかてなくに  さくしゃみしょう

 21日() 来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを 来むとは待たじ来じと言ふものを☆── 大伴坂上郎女〔巻四・527〕
        こむといふも こぬときあるを こじといふを こむとはまたじ こじといふものを  さかのうえのいらつめ

 22日(水) 春されば百舌鳥の草潜き見えずとも 吾は見やらむ君があたりをば☆── 作者未詳〔巻十・1897〕
        はるされば もずのくさぐき みえずとも われはみやらむ きみがあたりをば  さくしゃみしょう

 23日(木) 山越しの風を時じみ寝る夜落ちず 家なる妹を懸けて偲ひつ☆── 軍王〔巻一・6〕
        やまごしの かぜをときじみ ぬるよおちず いへなるいもを かけてしのひつ  いくさのおおきみ

 24日(金) 一つ松幾代か歴ぬる吹く風の 声の清めるは年深みかも☆── 市原王〔巻六・1042〕
        ひとつまつ いくよかへぬる ふくかぜの おとのすめるは としふかみかも  いちはらのおおきみ

 25日(土) 妹が髪上げ竹葉野の放ち駒 荒びにけらし逢はなく思へば☆── 作者未詳〔巻十一・2652〕
        いもがかみ あげたかはのの はなちごま あらびにけらし あはなくおもへば  さくしゃみしょう

 26日() わが妻はいたく恋ひらし飲む水に 影さへ見えてよに忘られず── 防人 若倭部身麻呂〔巻二十・4322〕
        わがつまは いたくこひらし のむみづに かごさへみえて よにわすられず  さきもり わかやまとべのみまろ

 27日(月) 凡ならばかもかもせむを恐みと 振りたき袖を忍びてあるかも☆── 遊行女婦 筑紫の児嶋〔巻六・965〕*
        おほならば かもかもせむを かしこみと ふりたきそでを しのびてあるかも  うかれめ つくしのこしま

 28日(火) ますらをと思へる吾や水茎の 水城のうへに涙拭はむ☆── 大伴旅人〔巻六・968〕
        ますらをと おもへるあれや みづくきの みづきのうへに なみたのごはむ  おおとものたびと

 29日(水) 大船の香取の海に碇下ろし いかなる人か物思はざらむ── 柿本人麻呂歌集〔巻十一・2436〕
        おほふねの かとりのうみに いかりおろし いかなるひとか ものおもはざらむ  かきのもとのひとまろのかしゅう

 30日(木) 天地の神も助けよ草枕 旅行く君が家に至るまで── 作者未詳〔巻四・549〕
        あめつちの かみもたすけよ くさまくら たびゆくきみが いへにいたるまで  さくしゃみしょう

 31日(金) 春の苑紅にほふ桃の花 下照る道に出で立つ少女☆── 大伴家持〔巻十九・4139〕
        はるのその くれなゐにほふ もものはな したでるみちに いでたつをとめ  おおとものやかもち




〈今日の秀歌メモ〉

3月1日
垂水──「高い崖から流れ落ちる水。たき」(岩波古語辞典)。



3月2日
はだれ──「雪がはらはらと散ってつもるさま」(岩波古語辞典)。同様の語義で語形
を異にする「はだら」、「ほどろ」がある。


3月3日
二句切れ。
日(け)──「(上代語)二日以上にわたる日のこと。日々」(『例解古語辞典第二
版』三省堂)。1月26日掲載歌中に既出。
かくのみ待たばありかつましじ──「こんなに長く待ったら生きていられまい、という
こと」(同上)。

題詞に「難波天皇の妹、大和に在(いま)す皇兄に奉上(たてまつ)る御歌一首」とあ
り、「難波天皇」は仁徳天皇で、「妹」は仁徳天皇の異母妹の八田皇女(やたのひめみ
こ)と見られている。
この歌は、巻四「相聞」の巻頭歌。巻二「相聞」の巻頭に位置する磐姫皇后の歌(1月
26日掲載)とあたかも対をなしている。
『古事記』『日本書紀』に、仁徳天皇が八田皇女に恋情を注いだのを憤って磐姫皇后が
山城の地に引き籠ったこと、仁徳天皇が磐姫皇后の死後八田皇女を皇后に立てたことが
記されている。



3月4日
[下句口語訳]「お乗りになる黒馬の来る夜は、毎晩のことであってくれないものか」
(伊藤博『萬葉集釈注(七)』〈集英社文庫〉)。
ぬばたまの──「黒」にかかる枕詞。



3月5日
高麗錦──高麗風の錦。朝鮮西北部の高句麗から輸入された錦。ここは「紐」にかかる
枕詞。
寝るが上に──共寝をしているのに、その上。
何ど為ろとかも──どうしろというのか。命令形に「ろ」を添えるのは東歌及び防人歌
の歌だけに見えるもので、後の東北方言の源流が既にここに見られる。
あやに愛しき──上の句の疑問の「か」を承けて「愛しき」を連体形で止めた。むしょ
うにかわいいことだ。
 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。


3月6日
吉野に遊山したときの歌と題詞にあり。作者弓削皇子は天武天皇の子。
新日本古典文学大系『萬葉集一』によれば、
「[口語訳]吉野川の急流の上の、三船の山〔三船山〕にかかっている雲のように、何
時までもこの世にあろうとは、私は思わない。
▽自然の「常住」に対して、人生の「無常」を悲しむ。仏教思想の色濃い歌。遠からず
して世を去る(文武天皇三年〈699〉七月)病弱の皇子の悲嘆であろう」。
なお、「滝」─「たぎ」の読みは赤彦、茂吉に従った。岩波古語辞典の「たき【滝】」
の項に、「《タギチ(激)・タギリ(滾)のタギと同根。奈良時代にはタギと濁音であ
ったろう。平安時代以後タキと清音》?水がわき立ち、激しく流れる所。激流」とあり。
ちなみに、「?高い崖から流れ落ちる水。奈良時代には『たるみ(垂水)』といった」
と同項にあり。



3月7日
浅茅原──「(枕詞)『つばら(委)』にかかる。茅花をツバナというように、浅茅原
をアサツバラともいった結果、同音の『つばら』にかかったものであろう」(岩波古語
辞典)。
つばらつばらに──「『つばら』の畳語。後の『つまびらか』である。心に詳しく思う
様子。原文『曲曲』はその意による表記」(新日本古典文学大系『萬葉集一』)。
故りにし郷──「大伴家の旧宅のあった明日香の里を言う」(同上)。


3月9日
蒸し衾──カラムシ(イラクサ科)の茎を蒸し、皮を剥いで取った繊維で作った夜具。
なごや──「和やか」の「なご」、「や」は接尾語。「にこや」と同様、柔らかで肌に
快い感じ。
寒しも──原文「寒霜」は季節の寒さを表意。
 上記、新日本古典文学大系『萬葉集一』から摘記引用。



3月10日
あしひきの──「山」にかかる枕詞。
野づかさ──「野の小高い所」(新日本古典文学大系『萬葉集四』)。
鳴くらむ──「鳴いているだろう」(同上)。


3月11日
新日本古典文学大系『萬葉集一』によれば、
「[口語訳]海上の道が遠いからか、月の光が少ない。夜は更けて行く」、
「『遠みかも』と『光少なき』は、係り結び」。

かも──「(上代語。係助詞『か』に係助詞『も』が付いて一語化した形)…かなあ、
という詠嘆をこめた疑問を表すのに用いられる」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。

なお、中西進『万葉集全訳注原文付(二)』(講談社文庫)に、「海原」の注として、
「月は海原を通って来ると考えられた」とあり。



3月12日
難波津に装ひ装ひて──「難波の港で船の支度を日々整えて」(新日本古典文学大系
『萬葉集四』)。
や──「疑問の気持を含む詠嘆」(同上)。


3月13日
つらつら椿──「(歌語)数多く並んで咲いている椿」(『例解古語辞典第二版』三省
堂)。
つらつら──「念を入れて観察し、思案するようす。つくづく」(同上)。
偲はな──「偲ぼうよ」(新日本古典文学大系『萬葉集一』)。「偲は」と「奈良時代
には清音」(岩波古語辞典)。

塚本邦雄撰『清唱千首』(冨山房百科文庫)は、この歌を春の部に配し、
「〔題詞にあるように〕大宝元(701)年、持統天皇〔紀伊〕御幸の時は秋〔九月〕で
あり、眼前にあるのは黒緑色に艶やかに光る椿の樹林だが、心には、真紅の花咲き匂ふ
春景色。『つらつら椿つらつらに』の弾み響く音韻が、おのづから椿の照葉と、同時に
臙脂の点綴を聯想させる楽しさは格別だ。人足の歌は萬葉にこの一首見えるのみである
が、この椿の秀作を以て永遠に記念される」
と述べている(〔 〕は本欄編者による補足)。



3月14日
うらうら──「(下に『に』『と』を伴って)日ざしが穏やかで気持ちよく。うららか
に」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。



3月15日
玉かぎる──「枕詞《カギルはカガヨヒ・カグヤのカガ・カグと同根。ちらちら光る
意》玉がほのかに光を出すことから『ほのか』『はろか』『夕』『日』にかかり、岩に
囲まれた澄んだ淵の水の底で玉のようにほのかに光るものがあるという意から『岩垣
淵』にもかかる」、「カカヤクは清音で、カギルとは別」(岩波古語辞典)。

伊藤博『萬葉集釈注(六)』(集英社文庫)によれば、
「[口語訳]昨日の晩逢ったばかりだというのに、明けた今朝、はやもうこんなに恋い
焦がれるなんていうことがあってよいものであろうか」、
「透った調べの中に切情がすなおに表わされていて、よい歌である。『今日の朝に恋ふ
べきものか』に響いて消えぬ味が漂う」。



3月16日
伊藤博『萬葉集釈注(二)』〈集英社文庫〉によれば、
「  お月様の光をたよりにおいでになって下さいませ。山が立ちはだかって遠いとい
うわけでもないのに。
の意。敬語を用いつつ、男を待つ女の立場を装って詠んでいる」。
この本には引用箇所以下に、掲載歌670とこれに和した671の歌二首について興味深い
考察がある。

山き隔りて──原文「山寸隔而」。「寸」は、新日本古典文学大系『萬葉集一』によれ
ば、元暦校本・類聚古集・紀州本ではこうで、他本では「乎」とのこと。「乎」を採れ
ば、「山を隔てて」の読みとなろう。また同書によれば、「大伴家持の歌に『やまきへ
なりて』の句が二例ある(3969・3981)」。「二例」は同一文字列で1字1音の万葉
仮名。この「き」は「不明」としている本もあり。


3月17日
木立を繁み──木立が繁っているので。「み」は、岩波古語辞典の「基本助詞解説」に
よれば、「従来、接尾語として説かれている『瀬を早み』『風をいたみ』などの『み』
は、その機能からみて、接続助詞と考えたい。形容詞(まれに、形容詞型活用の助動
詞)の語幹につく。多く上に助詞『を』を伴い、『…のゆえに』『…なので』の意で、
原因・理由をあらわす」。
朝さらず──「(連語)朝ごとに。毎朝」(『新潮国語辞典』)。

新日本古典文学大系『萬葉集二』に、
「『来鳴きとよもす』は、辺りの静寂を暗示している感がある」(窪田空穂『萬葉集評
釈』)
とあり。



3月18日
ゑぐ〔原文「恵具」〕──「(あくが強い意の「え〔ゑ〕ぐし」から出た語)植
物『くろぐわい(黒慈姑)』の異名。一説に『せり(芹)』をさすともいう。えぐな」
(日本国語大辞典第一版)。

3月19日
烏とふ大をそ鳥─烏という大あわて者の鳥。「をそ」は「うそ」(嘘言)の転ではなく、
「はやまる」「あわてる」の意味の語。状態をあらわす接尾語「ろ」を添えて「をそ
ろ」とも言う。
まさでにも─たしかに。実際に。
児ろ来─烏の鳴き声をコロクと聞いて「児ろ来」即ちいとしい人が来ると解したのであ
る。「児ろ」のコは甲類でなければならぬのに乙類の「許」が用いられてあるので「此
ろ来」即ち「此処へ来る」という解も成り立ち得る。
 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。

「甲類」「乙類」は万葉仮名で言葉が表記された際の用字の使い分けに関わる呼称。た
とえば、「美」「弥」などの万葉仮名はカミ(上、髪)などのミに、「未」「微」「
尾」などの万葉仮名はカミ(神)などのミを表すのに用いられていて、前者をミの甲類、
後者をミの乙類という(日本大百科全書「上代特殊仮名遣い」)。このことから、「カ
ミ(上)にいるからカミ(神)というとする語源説は成立し難い」(岩波古語辞典)と
いった知見が導出されることがある。詳しくは、たとえばインターネット上では、ウィ
キペディアにある「上代特殊仮名遣」の項などを参照されたい。


3月20日
さばしる──「(歌語)走る」(例解古語辞典第二版)。「さ」は接頭語。
夜更ちて──夜がふけて。「くたつ」は「(上代語。後世では「くだつ」とも)盛りの
状態が過ぎる。衰える。また、(夜が)ふける」(全訳読解古語辞典〈三省堂〉)。
寝ねかてなくに──眠れないことだよ。「寝ねかつ」は「動詞『寝ぬ』に、…できる意
の補助動詞『かつ』の付いたもの。下に否定の助動詞を伴って用いられる。本来は清音
だが、後には「寝ねがて」などと濁る」(同上)。



3月21日
[口語訳]
「来ようといったって来ない時のあるものを、来られないだろうといっているのに来る
だろうなどと待ってはいますまい。来られないだろうとおっしゃっているものを」(中
西進『万葉集全訳注原文付(一)』〈講談社文庫〉)。

朝宵にして──「朝も夜も」(新日本古典文学大系『萬葉集四』)。


3月22日
春されば──春になれば。「さる」は「移動する意」(岩波古語辞典)。
百舌鳥の草潜き──「モズが草にくぐること。モズは春になると大方山に移り、目立た
なくなるので、昔の人は草の中に潜り込むと思った」(同上)。ここまでの「初・二句
は『見えず』の序詞」で、「春になると、モズが草の中に潜って見えなくなるように」
の意(新日本古典文学大系『萬葉集一』)。
君があたり──君が家のあたり



3月23日
風を時じみ──「風が絶え間なく吹くので」(例解古語辞典第二版)。
寝る夜落ちず──「寝る夜ごとに欠かさず。毎晩」(同上)。
家なる妹を──家にいる妻を。
懸けて──「心に懸けて」(同上)。
なお、「偲ふ」は「奈良時代には清音」(岩波古語辞典)。



3月24日
島木赤彦『万葉集の鑑賞及び其の批評』(講談社学術文庫)は、この歌について、
「耳に松風の声をきき、心にその松の年深きを想うのであって、清く澄み、幽かに動く
心がさながらに歌の上に現れている。「幾代か歴ぬる」と嘆き、「声の清めるは」と掛
って、第五句「年深みかも」が深く第一二三四句へ流通している。句が三所で切れて、
切れた所に沈黙の余韻がある。万葉の秀作は果して人事のみに関していないのである」
と言っている。



3月25日
塚本邦雄撰『清唱千首』(冨山房百科文庫)に、この歌について
「愛人の心が離れ、荒(すさ)んでゆくことを放し飼ひの馬になぞらへ、その野は竹葉
野、序詞として、『妹が髪上げ綰(た)く=上竹葉野(あげたけはの)』と用ゐたが、
駒のやうに荒れる妹の、その髪も鬣(たてがみ)のやうに乱れ靡くさまを、作者も当然
思ひ描いてゐよう。序詞や枕詞が、単なる修飾に止まらず、なまなましい程に生きて働
く、これは好箇の例の一つであらう。寄馬恋か」
と言っている。

なお、
けらし──「(助動詞『けり』の連体形に助動詞『らし』の付いた『けるらし』からの
変化という)過去の事実、すでにそうなっている事実についての確信的な推量の場合に
用いられる。…たらしい」(例解古語辞典第二版)。
なく──「(連語)…ないこと」(同上)。


3月27日
大宰帥(ださいのそち)大伴旅人が大納言に任じられて京に上った時、官人たちととも
に見送りのなかにいた遊行女婦がうたった歌二首の一。
凡(おほ/オオ)──「ひととおりだ。普通だ」(例解古語辞典第二版)。
かもかもせむを──「あれこれ勝手なことをするのだが、という意」(同上)。
[口語訳]「あなた様が並のお方であられたなら、別れを惜しんでああもこうも思いの
ままに致しましょうに、恐れ多くて、振りたい袖も振れないでこらえております」(伊
藤博『萬葉集釈注三』〈集英社文庫〉)。
なお、「遊行女婦」は「港、交通の要所で歌舞音曲などに携わった遊女。土着する場合
が多いが、定住せず漂泊する場合もあった」(稲岡耕二編『万葉集事典』学燈社)。

万葉集には筑紫の児嶋の贈った歌の後に旅人が和した歌二首が並べられている。そのう
ちの一首を明日掲載。


3月28日
島木赤彦『万葉集の鑑賞及び其の批評』(講談社学術文庫)は、この歌について、
「旅人京に還る時、遊行女婦(うかれめ)その名児島が別れを惜しんで『凡(おほ)な
らば……』外一首のしおらしき歌を贈っている。……旅人それに感激して詠んだ歌がこ
れである。
 『水茎の』は『水城』の枕詞、『水城』は天智天皇国防のため筑前に大堤を築かれ、
それを水城といったのである。『うへ』は『ほとり』の意……。『吾や』と掛り、『涙
拭はむ』と受けて、益良夫(ますらお)らしい嘆きの声をなしている勢いはなはだいい。
『涙のごはむ』というて、婦女子の態に堕(お)ちぬのは、そこの声調の張り方にある。
児島の歌は女らしきに張り、旅人の唱和は男らしきに張っている。そういうところを万
葉調と呼ぶのである。旅人の歌は、総体に、その子家持の歌よりも、素質において万葉
的率直さがある」
(「……」は省略を表す)と言っている。
児島(児嶋)の歌は「凡ならばかもかもせむを恐みと振りたき袖を忍びてあるかも」で
あった。


3月31日
塚本邦雄撰『清唱千首』(冨山房百科文庫)に、この歌について
「巻十九の冒頭に飾られた、艶麗無比の一首だ。絵画的な構図と色彩の見事さ、感情を
現す語を一切用ゐず、しかも歓びに溢れる」
とあり。





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